よもやま茶飯事

心に浮かんだことを書き綴ります

枕草子・第6段 「大進生昌が家に」 その2

中宮・定子が住まいを平生昌(なりまさ)の屋敷に移された日の夜、疲れた清少納言たち女房が眠っていると、平生昌が密かにやって来ます。何やらよからぬ目的があるようです。

 

 第6段 大進生昌が家に 2/3

 

同じ局に住む若き人々などして
同じ局に住む若い女房たちと

 

よろずの事も知らず、眠たければ みな寝ぬ
何も知らず、眠たいのでみんな寝てしまった

 

東の対(たい)の西の廂(ひさし) 北かけてあるに
東の建物の対の西側の廂の間は、北に続いているが

 

北の障子に掛け金も なかりけるを それも尋ねず
その廂の間の北側の仕切り用の襖には留め金もなかったのだが、それを探しもしなかった

 

家主(いえあるじ)なれば 案内(あない)知りて 開けてけり
生昌は家主なれば、勝手を知っていて、襖を開けてしまった

 

あやしく嗄(か)ればみ さわぎたる声にて
妙にしわがれた、騒々しい声で

 

「候(さぶら)はむはいかに 候(さぶら)はむはいかに」と 
「そこへお伺いしてはいけませんか、いけませんか」と

 

あまたたび言う声にぞ 驚きて見れば
何度も繰り返して言う声に、驚いて見ると

 

几帳(きちょう)の後ろに立てたる灯台の光は あらわなり
部屋を仕切る衝立の後ろに立ててある燭台の明りは、明々としている

 

障子を五寸ばかり開けて言うなりけり いみじうおかし
ふすまを五寸ばかり開けて、そんなことを言うのは、とてもおかしい

 

さらに かようの好き好(ず)きしわざ 夢にせぬものを
一向に、こうした色好み的な行いなど、夢にもしない者が

 

わが家におはしましたりとて
中宮さまが自分の家においでになられて

 

無下に心にまかするなめりと思うも いとおかし
むやみに気ままなことをするように思えるのも、とてもおかしい(※)

※ 生昌は中宮が自宅に住まわれることになり、あたかも自分が偉くなったように思い込み、このような身の程をわきまえない振舞いをする者であるとして嘲笑しています。

 

かたはらなる人を おし起こして
そばにいる女房を、揺り起こして

 

「かれ見たまえ かかる見えぬもののあめるは」と言えば
「あれをご覧なさい、あのような見かけない者がいるみたいよ」と言えば

 

頭(かしら)もたげて 見やりて いみじう笑う
女房は頭を上げて、視線をやって、たいそう笑う

 

「あれは誰(た)そ 顕証(けそう)に」と言えば
私が「あれは誰なの、ふすまを開けて丸見えなのに」と言えば

 

「あらず 家の主と定め申すべき事の侍るなり」と言えば
生昌は「誤解です、家主としてご相談申し上げる事がございまして」と言うので

 

「門の事をこそ聞こえつれ 障子開けたまえとやは聞えつる」と言えば
「門を広くするように申し上げましたが、ふすまをお開けくださいとは言ってません」と言うと

 

「なおその事も申さむ そこに候はむはいかに そこに候はむはいかに」と言えば
「やはりその事も申し上げましょう、そこへ伺うのはどうでしょう、どうでしょう」と言うので

 

「いと見苦しき事 さらに えおはせじ」とて笑ふめれば
そばにいる女房が「ひどく見苦しいこと、今さら許しを得て入ってくるなんて、できないでしょう」と笑うと

 

「若き人 おはしけり」とて
生昌は「お若い方がおられるのですな」と

 

引き立てて 去ぬる後に笑う事いみじう
ふすまを引いて閉めて、立ち去った後、みんなで笑うことしきりだった

 

開けむとならば ただ入りねかし
ふすまを開けてしまったら、ただ入り込んでしまえばよいものを

 

消息(しょうそこ)を言はむに 「よかなり」とは
部屋へ入る許しを求められて、「入ってもよいです」なんて

 

誰か言わむと げにぞおかしき
誰が言うはずかあろう、こんなにおかしいので

 

つとめて 御前に参りて 啓すれば
翌朝、中宮さまの御前に参上して、この出来事を申し上げると

 

「さる事も聞こえざりつる者を
中宮さまは「そのような浮いた事をする男とは聞いたこともないが

 

昨夜(よべ)の事にめでて 行きたりけるなり
昨夜の事(※)に感心して、部屋に行ってしまったのであろう

※于定国の故事のこと

 

あわれ かれをはしたなう言いけむこそ いとおかしけれ」と笑わせたまう
まあまあ、生昌をきまりが悪くなるようにやり込めたのは、おかしいことね」とお笑いあそばされた

 

<三巻本・枕草子 第6段 その2 了>

<第6段 その3は ↓>

yomoyamasahanji.hatenablog.com

 

枕草子・第6段 その1は こちら

 

 

【おまけ】
中宮・定子の到着と同時に、清少納言にすっかりやり込められた生昌、今度は夜に清少納言の寝室にやって来ます。ふすまを開けてしまったなら、入り込んでしまえばいいものを、『入ってもいいでしょうか』と尋ねるような野暮な振る舞いをします。

『寝室に入っていいですかと問われ、いいです、なんていう女性がいるものか』と、ここでも清少納言は生昌には辛辣です。生昌は清少納言が一人だと思っていたら、同僚の女房もいたので、またまた退散するハメになるのでした。