よもやま茶飯事

心に浮かんだことを書き綴ります

枕草子・第7段 上に候ふ御猫は その2

宮中で飼われていた犬の「翁まろ」は、帝が可愛がっているネコを襲った罪で追放されます。清少納言たちは「翁まろ」はどうなってしまったのか気になっていると、一匹の犬が現れます。

第7段のその1はこちら

 

第7段 上に候ふ御猫は 2/2

 

暗うなりて 物食わせたれど 食わねば
暗くなって、犬に物を食べさせたけれど、食べないので

 

あらぬものに言いなして 止みぬるつとめて
翁まろではない別の犬だとあえて言いなして、そのままで終わってしまった翌朝

 

御毛づり髪(ぐし) 御手水(ちょうず)など参りて
皇后さまが髪を整え、お水をお使いになり

 

御鏡を持たせさせたまいて 御覧ずれば げに
私に鏡を持たせて、髪の具合をご覧になるその時

 

犬の柱もとに 居たるを見やりて
犬が柱のもとに、座っているのを見やって

 

「あわれ 昨日 翁まろを いじみうも打ちしかな
清少納言)「ああ、昨日、翁まろを、ひどく叩いていたようですね

 

死にけむこそ あわれなれ
死んでしまったでしょう、かわいそうなこと

 

何(なに)の身に この度はなりぬらむ
どんな身に、今度は生まれ変わっているのでしょう

 

いかにわびしき心地しけむ」と うち言うに
どれほど寂しい気持ちだったでしょう」と、ふと言えば

 

この居たる犬の 震いわななきて
このいた犬は、小刻みに震えて

 

涙をただ落としに落とすに いとあさましきは
涙をひたすら落とすのは、とても思いもかけないこと

 

翁まろにこそはありけれ
この犬は翁まろだった

 

「昨夜(よべ)は 隠れしのびて あるなりけり」と
「昨夜は、隠れて忍んでいたのだった」と

 

あわれにそえて おかしきこと限りなし
しみじみとあわれである一方、愛らしいことこの上ない

 

御鏡うち置きて 「さは 翁まろか」と言うに
私が持っていた鏡を脇に置き、「さては、翁まろか」と言えば

 

ひれ伏して いみじく鳴く
犬はひれ伏して、たいそう鳴く

 

御前にも いみじう怖(お)じ笑わせたまう
皇后さまも、とても怖がりながらもお笑いになる

 

右近の内侍(ないし)召して
右近もお呼びがかかり

 

「かくなむ」など 仰せらるれば 笑いののしるを
皇后さまが「これこれしかじか」など、仰せになれば、みんなで笑って大騒ぎする

 

上にも聞こしめして 渡りおはしましたり
帝もこのことをお聞きになられ、こちらへお渡りあそばされて

 

「あさましう 犬などもかかる心あるものなりけり」と 笑わせたまう
「驚いたことに、犬でもこのような心があるものだったとは」と、お笑いになられる

 

上の女房なども 聞きて 参り集まりて
帝付きの女房たちも、聞いて集まってきて

 

呼ぶにも 今ぞ立ち動く
翁まろを呼ぶと、今度は立ち上がって動く

 

「なおこの顔など腫れたる
私が「やはり顔などが腫れているみたい

 

物の手をせさせばや」と言えば
手当をさせたいわ」と言うと

 

「ついにこれを言い表しつること」など 笑うに(※
女房たちが「あなたの翁まろびいきを、とうとう口にしたわね」などと笑う

※能因本では「笑わせたまう」となり、皇后が語っていることになっています

 

忠隆聞きて 台盤所(だいばんどころ)の方より
忠隆が聞きつけて、清涼殿の女房の詰所の方から

 

「さとにや侍べらむ かれ見はべらむ」と 言いたれば
「翁まろが帰ってきたのは本当でございますか、それを拝見させていただきましょう」と言うので

 

「あな ゆゆし さらにさるものなし」と 言わすれば(※)
「まあ、恐ろしい、絶対そのようなものはおりません」と、言わせると

※犬を殴打した忠隆に見せるわけにいかないので、清少納言が下の者に命じて、言わせています

 

「さりとも 見つくる折も侍らむ
忠隆が「それでも、見つける時が、来るでしょう

 

さのみも え隠せさたまわじ」と言う(※)
そのようなことだけを、隠し通すことはできますまい」と言う

※この辺りのやりとりは伊周が逮捕された状況を彷彿させます。伊周は逮捕から逃れるため妹である定子の屋敷に逃げ込み、身を潜めていました。警察である検非違使中宮の住まいは踏み込めずにいましたが、一条天皇は苦渋の選択として、屋敷の捜索を命じます。しかが伊周は逃走してしまい、逮捕には至りませんでした。

 

さて かしこまり許されて 元のようになりにき
さてその後、翁まろはお咎が許されて、元のようになった

 

なお あわれがられて 震い鳴き出(い)でたりしこそ
やはりかわいそうに思われて、震えて鳴いてこちらへ出てきた様子は

 

世に知らず おかしく あわれなりしか
この世に類を知らないくらい、愛おしくもあり、心を動かされることであった

 

人など人に言われて 泣きなどはすれ
人などは人に言葉をかけられて、泣いたりするものであるのだが

 

<三巻本・枕草子 第7段 その2 了>

三巻本・枕草子 第7段 その1

 

 

【おまけ】

この出来事の4年前(996年)、皇后・定子の兄、伊周(これちか)は叔父の藤原道長との権力争いの最中、事件を起こし逮捕され太宰府へ左遷されます。この出来事の頃は帰京が許されていましたが、公務への復職は認められませんでした。翁まろを巡る騒動を書きながら、清少納言は伊周のことを思わずにはいられなかったでしょうし、これを読んだ貴族たちも同じ思いを抱いたと想像されます。

一条天皇にとって伊周は妻の定子の兄、義理の兄という関係にあります。この段の時は一条天皇は21歳、伊周は27歳でした。逮捕される前、二人は家族として親しく付き合いをしていた様子が、枕草子にも描かれています。(第293段 大納言殿参り給いて)

妻の兄を逮捕を命じる一条天皇の苦悩は察するに余りあります。自らの置かれた立場や状況をわきまえなかった伊周は政治家としては未熟でした。