よもやま茶飯事

心に浮かんだことを書き綴ります

枕草子・第26段「にくきもの」(第1回 / 全2回)

枕草子・第26段は「にくきもの」(憎らしいもの)。ここでは似合わない、不釣り合いなものを憎らしい、いまいましいとして取り上げています。清少納言の観察眼が光ります。長い段のため、2回に分けて掲載します。

 

第26段 にくきもの

にくきもの
憎らしいもの

 

急ぐ事ある折に来て、長言(ながごと)する まろうど
急用がある時にやって来て、長話をする客

 

あなづりやすき人ならば
軽くあしらってもよい人なら

 

「後に」とても遣(や)りつべけれど
「後で」など言って、帰してしまうことが出来るだろうが

 

心はづかしき人 いと憎く難し
こちらが気後れするほど立派な人の場合は、それもできず、ひどく憎らしくやっかいだ

 

硯に髪の入りて磨られたる
硯に髪が入ってしまったまま擦ってしまうとき

 

また墨の中に石のきしきしと きしみ鳴りたる
また墨の中に石が入って、きしきしと軋み鳴くとき

 

にわかに わづらう人のあるに 験者(げんざ)求むるに
急に病を患う人が出た時に、修験者を探すと

 

例ある所になくて 他に訪ね歩(あり)くほど
修験者はいつもいる所にはおらず、他の場所を訪ね歩くうちに

 

いと待ち遠(どお)に久しきに かろうじて待ちつけて
とても待ち遠く、長い時間が経ち、なんとか待って会うことができ

 

喜びながら加持(かぢ)せさするに
喜び勇んで祈祷をさせるが

 

このごろ物の怪にあづかりて 困(こう)じにけるにや
このごろ化け物退治に関わって、疲れているせいか

 

居るままに すなわち ねぶり声なる いとにくし
座るやいなや、眠りそうな声の読経なのは、とても憎らしい

 

なでふことなき人の 笑(え)がちにて物いたう言いたる
これということもない人が、やたらに笑顔でおしゃべりするのも憎らしい

 

火桶の火 炭櫃(すびつ)などに手の裏 うち返しうち返し
火鉢の火や炭桶になどに手の裏を裏返し、裏返しながら

 

押し延べなどして あぶりおる者
手の皺を押し伸ばすなどして、あぶっている者

 

いつか若やかなる人など さはしたりし
いつ何度気、若い人たちなどは、そんな見苦しいことをするか、しないに決まっている

 

老いばみたる者こそ 火桶の端(はた)に足さえもたげて
年寄りめいた者こそ、火鉢の端に足さえ持ち上げて

 

物言うままに押し擦りなどは すらめ
しゃべりながら足をこすったりする

 

さようの者は 人のもとに来て 居むとする所を
そんな者は、人の所にやって来て、座ろうとする場所を

 

まづ扇(あふぎ)して こなたかなた扇ぎ散らして
まず扇で、あちらこちらを扇ぎ散らして

 

塵掃き捨て 居も定まらず ひろめきて
塵を掃き捨て、座る場所も定まらず、ふらふらして

 

狩衣(かりぎぬ)の前 巻き入れても 居るべし
狩衣の前を、膝下に巻き込んで座ったりする(※)

※狩衣の前は向こう側へ出して座るのが正式な作法とされていた

 

かかる事は 言う甲斐なき者の きわにやと思えど
こんな事は、語る価値もない者がする事と思えるが

 

少しよろしき者の 式部の大夫(たいふ)など言いしが せしなり
少しは身分のある式部の大夫(※)などといった人が、そんなことをするのである

式部省の役職名の一つ。礼式を担当する役所の人間なのに、マナーを知らない振る舞いを憎きものとしている

 

また酒飲みてあめき 口をさぐり
また酒を飲んでわめいて、口をまさぐり

 

髭ある者は それを撫で
髭のある人は、それを撫でて

 

杯(さかづき) こと人に取らするほどのけしき いみじう憎しと見ゆ
杯を相手に与えるときの様子は、とても憎らしく見える

 

「また飲め」と言うなるべし
「もっと飲め」と言うのであろう

 

身震いをし 頭(かしら)振り 口わきをさえ引き垂れて
身震いをして 頭を振り、口の端まで引き垂らし

 

童(わらは)べの「こう殿にまいりて」など 歌うようにする
子供たちが「こう殿にまいりて」(※)などを歌うように振る舞う

※この当時の子供たちが歌って踊った童謡のようなものと思われる

 

それはしも まことによき人の したまいしを見しかば
それは、人もあろうか、本当に身分の高い人が、そうなさったを見たので

 

心づきなしと思うなり
気に入らないと思うのである

 

物うらやみし 身の上嘆き 人の上(うえ)言い
人のことを羨ましがり、自分の身の上を嘆き、他人のことをあれこれ言い

 

つゆ塵の事もゆかしがり 聞かまほしうして
ちょっとした塵のような些細な事も知りたがり、聞きたがりして

 

言い知らせぬをば 怨(えん)じ そしり
話して知らせないと、怨んで、悪口を言い

 

また わずかに聞き得たる事をば
また、ほんの少しでも聞き得たことは

 

我もとより知りたる事のように
自分は始めから知っている事のように

 

こと人にも語りしらぶるも いとにくし
他の人に調子よく話すさまは、とても憎らしい

 

物聞かむと思うほどに泣く稚児
人の話を聞こうと思う時に泣く乳呑児

 

鳥集まりて 飛びちがい ひさめ鳴きたる
カラスが集まって、飛び交い、騒がしく鳴いているの

 

忍びて来る人 見知りて吠ゆる犬
こっそり忍んで来る人を、見知っているのに吠える犬、これらも憎らしい

 

<第1回・了>

 

パート2に続く

yomoyamasahanji.hatenablog.com

 

 

【おまけ】
この段は、憎らしい、いまいましい人や出来事を綴っています。似たような段としては、第23段「すさまじきもの」(興覚めするもの)があります。両段とも、清少納言が考える理想と現実とのギャップを、憎らしい、興覚めすると記しています。

 

ところで、この2つの段には共通して修験者が登場します。第23段の該当箇所は以下からどうぞ

yomoyamasahanji.hatenablog.com


この26段では疲れて眠りそうな修験者の読経の声が憎らしいとしています。

一方、23段に登場する修験者については、延々と祈祷を続けた挙句、さっぱり効き目がなく、最後にはその場で眠り込んでしまう様子を興覚めであるとしています。