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枕草子・第26段 にくきもの (第2回 / 全2回)

枕草子・第26段「にくきもの」(憎らしいもの)の第2回・後半をお届けします。第1回の前半部はこちら

 

第26段 にくきもの 第2回

 

あながちなる所に隠し伏せたる人の いびきしたる
忍んで来た男を無理な所に隠して寝させたら、いびきをかいているのは憎らしい

 

また忍び来る所に 長烏帽子(ながえぼし)して
また、こっそり忍んで女の所に来るのに、邪魔になる長い烏帽子をかぶって

 

さすがに 人に見えじと
されど、人に見られないようにしようと

 

惑(まど)い入るほどに 物に突きさはりて
あわてふためいて入る時に、長烏帽子が物に突き当たって

 

そよろといわせたる
ガサッと音を立てるのは憎らしい

 

伊予簾(いよす)など かけたるに
伊予簾(※)などを、かけてあるのを

※伊予産の簾。普及品とされた

 

うちかづきて さらさらと鳴らしたるも いと憎し
くぐる時に頭をあて、さらさらと鳴らしているのも、ひどく憎らしい

 

帽額(もこう)の簾(す)は まして
帽額の簾(※)では、なおいっそう

※御簾の上部に布を張ったもの(下図)

https://hakko-daiodo.com/yu-soku-monyou



こはじの うち置かるる音 いとしるし
重しの木の端が、下に置かれる音が、はっきり響く

 

それも やおら引き上げて 入るはさらに鳴らず
帽額の簾も、端を静かに引き上げて、入れば少しも鳴らないものだ(※)

※簾をくぐる際、ガサガサと音を立てるのが見苦しい、ということを書いているのでしょう。きちんと出入りすれば、音なんかしないのに、ということ

 

遣戸(やりど)を荒く立て開くるも いとあやし
遣戸(※)を荒々しく開けるのも、わけがわからない

※横に開いて開ける扉(下図の⑥が遣戸)

https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/emaki38



少しも たぐるようにして開くるは 鳴りやはする
遣戸は少し、持ち上げるようにして開けると、鳴るはずもない

 

悪しう開くれば 障子なども 
下手に開けると、障子なども

 

こほめかしう ほとめくこそ しるけれ
ガタガタ、ゴトゴトと大きな音が聞こえる

 

眠ぶたしと思いて臥したるに 
眠たいと思って横になっていると

 

蚊の細声に わびしげに名のりて
蚊の細い、わびしげな羽音で

 

顔のほどに飛び歩り
顔の付近を飛び回る

 

羽風(はかぜ)さえ その身のほどにあるこそ いとにくけれ
羽の風さえ、蚊の身のほどとかけ離れたもので、とても憎らしい(※)

※蚊の起こす風がその体に似合わないくらいに感じられ、とても憎らしいということ

 

きしめく車に乗りて歩りく者
ギシギシいう牛車に乗って歩き回る人は

 

耳も聞かぬにやあらむと いとにくし
乗っていて聞こえないなのだろうかと、とても憎らしい

 

わが乗りたるは その車の主(ぬし)さえ憎し
自分がそんな牛車に乗っていると、その牛車の持ち主さえ憎らしく思えてくる

 

また物語するに さし出(い)でして
また話をすると、出しゃばって

 

われ一人 さいまくる者
自分一人で、話しの先回りをする者

 

すべてさし出(い)では 童(わらわ)も大人もいとにくし
総じて、出しゃばりは子供も大人も憎らしい

 

あからさまに来たる子ども 童(わらわ)べを 見入れ らうたがりて
ちょっと遊びに来た子どもや幼児を、目にかけて、かわいがって

 

おかしき物取らせなどするに 慣らいて
おもしろい物を与えるなどすると、それに慣れて

 

常に来つつ い入りて 調度うち散らしぬる いとにくし
いつもやって来て、座り込み、道具類を散らかしてしまうのは憎らしい

 

家にても 宮仕え所にても
自分の家でも、宮仕えしている所でも

 

会わでありなむと思う人の来たるに
会わずに済ませておこうと思う人が来ている時に

 

空寝(そらね)をしたるを 我がもとにある者
たぬき寝入りをしていると、自分のもとに仕える者が

 

起しに寄り来て いぎたなしと思ひ顔に
起こしに近寄ってきて、寝坊だなぁという表情で

 

引き揺るがしたる いとにくし
「起きて、起きて」と引っ張って揺さぶっているのは、ひどく憎らしい

 

今参りのさし越えて 物知り顔に教えようなる事言い
新参者が元からいる者を差し置いて、物知り顔で教えるような事を言い

 

うしろ見たる いとにくし
世話を焼いているのは、とても憎らしい

 

わが知る人にてある人の はやう見し女のこと
自分と深い中である人が、昔に関係のあった女のことについて

 

誉め言ひ出(い)でなどするも 
誉め言葉を口にするなども

 

ほど経(へ)たることなれど なほにくし
ずっと前に過ぎ去ったことだが、やはり憎らしい

 

まして さし当りたらむこそ思いやらるれ
まして、その女との関係が今も続いているなら、憎らしさは思いやられる

 

されど なかなか さしもあらぬなどもありかし
だが、かえって、それほどでもないような場合もある

 

鼻ひて 誦文(ずもん)する(※)
くしゃみをして、呪文を唱える(人は憎らしい)

※当時はくしゃみをすることは不吉なこととされ、おまじないをした。ここはしゃみをしても呪文さえ唱えればよい、という自分本位の考えを憎らしいとしている。第177段「宮にはじめて参りたるころ」では、くしゃみと嘘との関わりについて書かれている

 

おほかた 人の家の男主(おとこしゅう)ならでは 
だいたい、きちんとした一家の男の主でない者が

 

高く鼻ひたる いとにくし
大きなくしゃみをするのは、とても憎らしい

 

蚤も いとにくし
ノミも、ひどく憎らしい

 

衣(きぬ)の下に踊りありきて もたぐるようにする
衣服の下で踊りまわって、服を持ち上げるようにする

 

犬のもろ声に 長々と鳴きあげたる
犬たちが声を揃えて、長々と鳴きあげるのは

 

まがまがしくさえ にくし
災いを招き寄せそうで、憎らしい

 

開けて出で入る所 立てぬ人 いとにくし
開けて出入りする所の、扉を閉めない人は、憎らしい

 

<了>

 

yomoyamasahanji.hatenablog.com

 

 

【おまけ】

江戸時代に、初めて「枕草子」の解説本である「春曙抄」を刊行した北村季吟は、その中で、この段について次のように記しています。

「この一段、清少の筆に任せる遊びながら、自他の心遣いになるべき事多し。心を付けて見侍るべし」

清少納言が筆に任せて書き綴っているように読めるが、自分や相手に対する心遣いに関わる事柄も多い、気をつけるべきという趣旨です。

1000年以上の昔から、人間の本質はあまり変わっていないのかもしれません。