女は髪のめでたからんこそ
女は髪の美しいような人こそ
人の目たつべかめれ
人は目を向けるもののようだ
人のほど 心映えなどは
人柄や、気だてなどは
もの言いたる気配にこそ
しゃべっている様子だけでも
物越しにも知らるれ
物越しにも(※)様子はわかる
※ 平安時代の貴族の女性は几帳のような仕切り越しに話をしたことを指しています
事にふれて うちあるさまにも
折に触れ、所在なくしている様子の時も
人の心を惑わし
人の心を惑わし
すべて女の うちとけたるいも寝ず
すべての女が、打ち解けて眠ることもなく
身を惜しとも思いたらず
わが身を惜しいとも思わず
堪(た)ゆべくも あらぬわざにも
耐えられそうもないことにも
よく堪(た)えしのぶは
よく我慢するのは
ただ色を思うがゆえなり
ただ色恋を思うがためである
まことに愛著(愛着)の道
まことに愛欲執着の道は
その根深く 源(みなもと)遠し
その根が深く、源流は遠い
六塵(ろくじん)の楽欲(ぎょうよく)多しと言えども
人心を汚す6つの認識対象である色、声、香、味、触、法=意識の欲望は多いと言えども
皆 厭離(えんり)しつべし
すべてを、退けることができよう
その中に ただ かの惑いの一つ 止め難きのみぞ
その中で、ただ、あの情欲という迷いの一つだけは、抑えがたく
老いたるも若きも
年老いた人も若い人も
智あるも 愚かなるも
知恵のある人も、愚かなる人も
変わる所なしと見ゆる
変わる所はないと思われる
されば女の髪すじ(筋)を撚れる綱には
さすれば女の髪を細く撚って作った綱には
大象もよくつながれ
大きな象もしっかりつながれ
女のはける足駄(あしだ)にて作れる笛には
女のはいた履物で作った笛は
秋の鹿 必ず寄るとぞ 言い伝え侍る
秋の雄鹿は、必ず寄って来ると、言い伝えられている
自ら戒めて 恐るべく 慎むべきは
自らを戒めて、恐れをもって、慎むべきは
この惑いなり
この迷いである
<徒然草・第9段 了>
【おまけ】
世間の人々を惑わす最たるものは色欲(しきよく)であると述べた第8段に続き、この段では愛着への執着こそ「止め難きのみぞ」(抑えがたい)としています。