よもやま茶飯事

心に浮かんだことを書き綴ります

枕草子・第3段 正月一日は(後半)

枕草子・第3段「正月一日は」の後半では、自然の情景を織り込みながら、新春から3月3日の節句、そして4月の賀茂の祭にかけての行事や人々の様子が描かれます。第3段の前半はこちら

 

正月一日は (後半)

除目(じもく)の頃など 内わたり いとおかし
人事の異動の頃など、宮中のあたりは、とてもおもしろい
※徐目とは春と秋に行われた役人の人事の処遇のこと。この段の春の徐目は地方の役人が昇進・異動する「県召徐目」(あがためし じもく)。秋は中央政府の役人を対象にした「司召徐目」(つかさめし じもく)

 

雪降り いみじう氷りたるに 
雪が降り、ひどく氷が張っている時に

 

申文(もうしぶみ)持て歩(あり)く 四位五位
任官を申請する文書を持って歩く、四位五位の人々が

 

若やかに 心地よげなるは いと頼もしげなり
若々しく、爽やかな様子は、とても頼もしい

 

老いて頭(かしら)白きなどが 人に案内(あない)言い
年老いて白髪まじりの人が、人に自分の内情を話し

 

女房の局などに寄りて おのが身のかしこきよしなど
女房の控えの間に立ち寄り、自分の身分の高貴さの由来などを

 

心一つをやりて 説き聞かするを
いい気になって、話して聞かせるのを

 

若き人々は まねをし笑えど いかでか知らむ
若い人々は、マネをして笑うのであるが、本人はどうして知ろうか(知るわけがない)

 

「よきに奏したまえ 啓したまえ」など言いても 
「よろしく帝に申し上げてください、皇后様にも申し上げてください」など言っても

 

得たるはいとよし 得ずなりぬるこそ いとあわれなれ
願った官位・役職を得ればよいが、得ないことになるのは、とても気の毒なことである

 

三月三日は うらうらと のどかに照りたる
3月3日の節句の日は、うららかにのどかな日和なのがよい

 

桃の花の 今咲き始むる
桃の花の、今咲き始めたのや

 

柳など おかしきこそ さらなれ
柳などが、とても風情があるのは、言うまでもない

 

それもまだ 繭(まゆ)にこもりたるは おかし
それがまだ、繭に籠っているのも、おもしろい

 

広ごりたるは うたてぞ見ゆる
柳の芽が広がってしまったのは、冴えなく見える

 

おもしろく咲きたる桜を 長く折りて
華やかに咲いた桜の枝を、長く折って

 

大きなる 瓶(かめ)に挿したるこそ おかしけれ
大きな花瓶に挿してあるのは、おもしろい

 

桜の直衣(なおし)に 出袿(いだしうちき )して
桜の直衣(※1)に、袿(※2)を出して着て

※1 貴族の平服
※2 直衣の下に着た衣服

 

まろうどにもあれ 御せうとの君達(きんだち)にても
それが客人であれ、ご兄弟の子息でも

 

そこ近くいて 物などうち言いたる いとおかし
その花の近くに座り、話など交わしているのは、とても趣がある

 

四月 祭りのころ いとおかし
4月の賀茂の祭り(葵祭)の頃は、とてもおもしろい

 

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上達部(かんだちめ) 殿上人(てんじょうびと)も
三位以上および参議の公卿、殿上人(※)も
※清涼殿の殿上の間へ昇殿を許された人。上達部以外の四位・五位の者

 

上への衣(きぬ)の 濃き薄きばかりの けぢめにて
正装の束帯の上着は、濃い薄いぐらいの区別があるだけで

 

白襲(しらがさね)ども 同じさまに 涼しげにおかし
めいめいの夏の着る白い衣装も、同じさまで、涼しげで快い

 

木々の木の葉 まだいと茂うはあらで
木々のこの葉は、まだそれほど茂っておらず

 

若やかに青みわたりたるに 
若々しく青み渡って

 

霞も霧も隔てぬ空の景色の
春の霞や秋の霧によっても隔てられない空の景色は

 

何となく すずろに おかしきに
何となく、無性に、快く

 

少し曇りたる夕つ方 夜など 
少し曇ってきた夕方の頃や、夜などに

 

しのびたる郭公(ほととぎす)の
声を忍ばせているホトトギス

 

遠く空音(そらね)かと覚ゆるばかり たどたどしきを
遠くの空耳かと思えるくらい、たどたどしく鳴くのを

 

聞きつけたらむは なに心地かせむ
聞きつけたのは、どんなすばらしい心地がすることでしょう(※)
ホトトギス清少納言のお気に入りでした。第39段「鳥は」では、ホトトギスについて「なおさら言うべき方なし」(なんとも言いようもないくらい素晴らしい)とあり、第95段「五月の御精進のほど」では、ホトトギスの声を聞きに出かけようと提案し、何人かの女房たちと外出します。

 

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祭り近くなりて 青朽葉(あおくちば) 二藍(ふたあい)などの物ども
賀茂の祭りが近くなって、青朽葉(※1)や二藍(※2)などの布地を

※1 青みがかったところに、赤みを帯びた黄色
※2 青みのある赤色

 

押し巻きて 紙などに けしきばかりおし包みて 
しっかり巻いて、紙などに、形ばかり包んで

 

行きちがい もて歩(あり)くこそ おかしけれ
あちこちへ行きちがいながら、持って歩くのは、おもしろい(※)

※祭りのための衣装を仕立てたり、染めたりする準備の様子をおもしろいと評している

 

裾濃(すそご) むら濃(ご)なども
裾濃(※1)、むら濃(※2)などの布も

※1 上が白くて、下にいくほど濃く染めたもの
※2 同じ色で濃淡に染め分けたもの

 

常よりは おかしく見ゆ
いつもよりも、おかしく見える

 

童(わらわ)べの 頭(かしら)ばかり 洗いつくろいて
女の子の、髪だけを洗って、手入れをして

 

なりは みなほころび絶え 乱れかかりたるもあるが
身なり(衣装)は、どれも綻び糸目が切れて、服地が乱れ下がっている姿で

 

屐子(けいし) 沓(くつ)などに
下駄や靴などに

 

「緒(お)すげさせ 裏をさせ」など もて騒ぎて
「鼻緒を通させて、裏を縫い付けて」などと、はしゃいで

 

いつしか その日にならなむと 急ぎおし歩(あり)くも いとおかしや
早くその日にならないかしら、と急いで走り歩くのも、とてもおかしい

 

あやしう 踊り歩(あり)く者どもの
そんな風な奇妙な格好で、踊り歩く女の子たちが

 

装束(しょうぞ)着し立てつれば
お祭りの日にきちんと着飾ると

 

いみじく定者(じょうざ)などいう法師のように 
列を作ってご本尊の周りを回る際の先導役である大層な法師のように

 

練りさまよう いかに心もとなからむ(※)
練り歩くのは、どんなにか不安なことだろう
※「枕草子春曙抄」では、「練りさまようこそ おかしけれ」と表記される

 

ほどほどにつけて 親 叔母の女、姉などの 供しつくろいて
身の程に応じて、親、叔母、姉などが、お供をして

 

率いて 歩(あり)くもおかし
世話をしながら、歩くのもおかしい

 

蔵人(くらうど) 思いしめたる人の
蔵人(※)になりたいと思い込んでいる人で

※帝の近くにお仕えし、衣装、食事の手配から文書の保管、連絡伝達事項の取り次ぎ、宮中の諸儀式などの諸事を司る役人

 

ふとしも えならぬが
すぐには、蔵人になれない人が

 

その日 青色着たるこそ
その祭りの日に青色の袍(上着)を着るのは(※)
※賀茂の祭りの先導を務める蔵人が着るのと同じ色

 

やがて脱がせでも あらばやと覚ゆれ
そのまま脱がせないで おきたいものと感じられるが

 

綾ならぬは わろき
(その着衣が蔵人でないと許されない)綾織でないのは、よろしくない

 

 

<三巻本 枕草子・第3段 了>

 

【おまけ】

後半の冒頭に貴族の人事の昇格の場面が描かれています。この場面は清少納言自身の体験によるものかもしれません。

清少納言の父親、清原元輔 (もとすけ)は村上天皇による「後撰和歌集」の選者の一人に選ばれるほど著名な歌詠みでした。ちなみに元輔の父、清原深養父(ふかやぶ)も「古今和歌集」に17首の歌が選ばれるほどの歌の名手で、藤原公任(きんとう)によって「中古36歌仙」の一人にも選ばれています。

清少納言はこうした歌詠みの血筋を受け継ぐ者と言えますが、彼女はそうした家系に生まれたことが重荷だったようで、自らの心中を第95段「五月の御精進のほど」に記しています。

さて元輔は歌詠みとして名は知られていましたが、官位は低く、出世は遅れていました。「後撰和歌集」の選者に指名された時は、43歳にして従七位下で、清涼殿の殿上の間に昇ることが許された五位以上の殿上人よりも、ずっと下の位の地下人(じげびと)でした。

清少納言が生まれた時は58歳で、位は正六位下、それから3年後にようやく従五位下に昇格し、受領(ずりょう)として河内権守(ごんのかみ)という一国の長官に就任します。その後、周防守となり山口県へ人事異動になり、清少納言も父と一緒に山口へ向かいます。この時の船旅と思われる様子が枕草子・第286段「うちとくまじきもの」で描かれています。

4年の任期を終え、京に戻った元輔は仕事を続けます。しかし昇進のスピードは相変わらず遅く、何度も昇進の機会を逃します。昇進できなかった元輔の嘆きの歌がいくつも残っています。この段の「除目(じもく)の頃」で描かれる場面も、そうした頃の一コマなのかもしれません。

結局、元輔は従五位上にまで昇進し、78歳という高齢で肥後守として熊本へ赴任します。清少納言はこの段を書きながら、遠い任地へ異動する高齢の父を見送った時のことを思い出したのではないでしょうか