よもやま茶飯事

心に浮かんだことを書き綴ります

枕草子・第11段~第20段

枕草子・第11段から20段にかけては、山は、市は、峰は、原は、淵は、海は、みささぎは、渡りは、たちは、家は、といったようにお馴染みの「〇〇は」で始まる短い段が続きます。いずれも和歌の歌枕として取り上げられていたものと思われます。

 

第11段 山は

山は 小倉山 鹿背(かせ)山 三笠山
山と言えば 小倉山(1) 鹿背山(2) 三笠山(3)

1.保津川を挟んで嵐山と向き合う山
2.京都府の南端、奈良県との県境にある山
3.奈良の春日山の一峰

 

このくれ山 いりたちの山 忘れずの山 末(すえ)の松山
このくれ山(4) いりたちの山(5) 忘れずの山(6) 末の松山(7)

4.不詳(木の暗れ、この暮れに通じる)
5.不詳(入り立つは、女性の家へ親しく出入りする意)
6.山形県蔵王山の古称
7.不詳(波が越えぬ山として和歌に詠まれる)

 

かたさり山こそ いかならむと おかしけれ
片去り山(8)とは、どうやって脇へ寄るのかと思うと、おもしろい

8.不詳(かさたる=相手に遠慮して身を引く)

 

いつはた山 かえる山 のち瀬の山
五幡山(9) 帰る山(10) 後瀬山(11)

9.福井県敦賀市の北にある山
10.福井県南条郡にある山か
11.福井県小浜市にある山

 

あさくら山 よそに見るぞ おかしき
朝倉山(12)は、よそに見るのが(※)、おもしろい

12.福岡県甘木市にある山。古歌の「昔見し人をぞ われはよそに見じ 朝倉山の雲居はるかに」による。古今六帖に収められた和歌と思われるが、現在は確認できず。鎌倉時代に編纂された「夫木和歌抄」に見える

 

おおひれ山も おかし
おおひれ山(13)も、おもしろい

13.不詳:東遊(あずまあそび)という歌舞の最後に歌われた「大比礼歌」から名づけられた山の一つか

 

臨時の祭の舞人などの
石清水八幡の臨時の祭の舞人などが

 

思い出でらるるなるべし
自然に思い出されるからに違いない

 

三輪の山 おかし
三輪の山(14) おもしろい

14.奈良県桜井市にある山

 

手向(たむけ)山 まちかね山
手向山(15) 待兼山(16)

15.奈良市にある山
16.大阪府豊中市箕面市の境にある山

 

たまさか山 耳なし山
邂逅山(17) 耳成山(18)

 

17.大阪府池田市石橋付近にある山。待兼山の西に位置する
18.奈良県橿原市にある大和三山の一つ


【補足】

能因本では、この後、以下のように続く。

葛城山 美濃のお山 柞(ははそ)山
位(くらい)山 吉備の中山 嵐山
更科山 姨捨(おばすて)山 小塩(おしお)山
浅間の山 かたため山 かえる山 妹背山

 

 

第12段 市は

市は たつの市 さとの市
市といえば、辰の市(1) さとの市(2)

1.現在の奈良市に辰の日に立った市
2.不詳

 

つば市 大和にあまたある中に
椿市(3)は、奈良の大和にたくさんある市の中で

3.奈良県桜井市にあった最古の市

 

長谷に詣づる人の
長谷寺に参詣する人が

 

必ずそこに泊まるは
必ずそこで泊まるのは

 

観音の縁のあるにやと
観音さまのご縁があるのかと思うと

 

心ことなり
特別な感じがする

 

おふさの市 しかまの市 飛鳥の市
おふさの市(4)、飾磨の市(5)、飛鳥の市(6)

4.不詳
5.兵庫県姫路にある市
6.奈良県明日香村の市



第13段 峰は

峰は ゆづるはの嶺
峰といえば、ゆづるはの嶺(1)

1.不詳

 

あみだの峰 いや高の峰
阿弥陀ヶ峰(2) いや高の峰(3)

2.京都市東山区にある山の峰
3.滋賀県伊吹山の峰

 

 

第14段 原は

原は みかの原
原は 瓶原(1)

1.瓶原京都府相楽郡(京都の南東、奈良県と接する)。奈良時代の740年、聖武天皇が遷都し、恭仁(くに)京としたが、4年で廃都となった

 

あしたの原 その原
朝原(2) 薗原(3)

2.奈良県北西部、北葛城郡王寺町から香芝町にかけての丘陵
3.長野県下伊那郡阿智村(長野県西南端、岐阜県と接する)



第15段 淵は

淵は かしこ淵は
淵と言えば、かしこ淵(1)は

1.不詳(恐れかしこむ淵と解したものか)

 

いかなる底の心を見て
どんな底の心を見て

 

さる名をつけけむと おかし
そのような名前をつけたのだろうと思うと、おかしい

 

ないりその淵
ないりその淵(2)は

2.不詳(「な入りそ」と解する淵のことか)

 

誰に いかなる人の教えけむ
誰に、どんな人が「入るな」と教えたのだろう

 

青色の淵こそ おかしけれ
青色の淵(3)は、おもしろい

3.不詳

 

蔵人などの具にしつべくて
蔵人などの衣装にできそうで(※)

※蔵人は蔵人所の職員で天皇の近習。文書や道具の所蔵管理の他、身の回りのお世話や儀式諸事全般を取り仕切った。六位の蔵人は青色の袍(ほう)を着ることが許された。第3段「正月一日は」(後半)参照

かくれの淵(4) いな淵(5)
かくれの淵、稲淵

4.不詳(「隠れ」に通じる意味にして、和歌に詠まれる)
5.奈良県明日香村の稲淵(「否」という意味にして、和歌で使われる)



第16段 海は

海は 水うみ
海といえば、琵琶湖

 

与謝の海 かはふちの海
京都府宮津の海、かわふちの海(1)

1.不明。能因本では「かわぐちの海」。大阪淀川河口付近を指すか



第17段 みささぎは

みささぎは うぐるすのみささぎ
天皇・皇后・皇太后などの陵墓は、うぐるすの陵(1)

※能因本では「うぐいす(鶯)のみささぎ」とされ、仁徳陵とも解される

 

かしはぎのみささぎ あめのみささぎ
柏原陵(2)、あめの陵(3)

2.能因本では「かしは原のみささぎ」になっていることから、京都にある桓武天皇の柏原陵と思われる。
3.天の陵、または雨の陵とも思われるが不詳



第18段 渡りは

渡りは しかすがの渡り
渡し場といえば、然菅(しかすが)の渡し場(1)

1.愛知県の宝飯郡、豊川(古称、飽海川)の河口付近にあった渡し場

 

こりずまの渡り
こりずまの渡し場(2)

2.「懲りずまに」(失敗に懲りもせず)として、和歌に詠まれる

 

みづはしの渡り
水橋の渡し場(3)

3.富山市水橋町の渡し場



第19段 たちは

たちは たまつくり
たちは、玉で飾ったもの

※たち=館(屋敷)あるいは太刀と解する



第20段 家は

家は 近衛の御門(みかど)
家といえば、近衛の御門(1)

1.平安京大内裏の近衛御門(陽明門)大路あたりにある邸宅。具体的な邸までは特定できず

 

二条 みかい 一条もよし
二条(2) みかい(3) 一条(4)もすばらしい

2.中宮・定子の里邸か、藤原道長の二条邸、村上天皇の母后・藤原隠子の二条院などが考えられる
3.不詳(わたりとする本もあり、すると二条あたりの家)
4.一条天皇の里内裏

 

染殿の宮 清和院(せがい) すが原の院
染殿の宮(5) 清和院(6) すが原の院(7)

5.藤原良房の邸宅。藤原氏で初めて摂政となり、摂関政治の基礎を作った。娘の明子(あきらけいこ)は清和天皇の母。第21段の「清涼殿の丑寅の隅の」では、清少納言藤原良房の和歌をアレンジして歌を詠んでいます
6.清和帝譲位の後の御所。染殿の一部にあったとされる。
7.菅原道真、あるいは道真の父・是善の邸

 

れんぜい院 閑(しずか)院 朱雀院
冷泉院(8) 閑院(9) 朱雀院(10)

8.嵯峨天皇以来、歴代天皇の譲位後の御所
9.藤原冬嗣以来の屋敷
10.嵯峨天皇以来の離宮、歴代上皇の御所

 

小野(おのの)宮 紅梅 あがたの井戸
小野宮(11) 紅梅(12) あがたの井戸(13)

11.文徳天皇の第1皇子、椎喬(これたか)親王の邸宅
12.菅原道真またはその子孫の邸
13.平安京の西の隅(現在の京都市上京区)、県(あがた)の井戸

 

竹三条 小八条 小一条
竹三条(14) 小八条(15) 小一条(16)

14.二条院内にあったとされる邸
15.不詳
16.近衛南・東洞院西にあった元・藤原師尹(もろただ)の邸

 


<三巻本・枕草子 第10段〜第20段 了>